2012年9月13日木曜日

SSメモ:未来は見果てぬ旅路の先

未来は見果てぬ旅路の先(彩守るせろ)

これまたなんというか……。
敢えて紅茶で例えるなら、このSSはダージリンのファーストフラッシュでしょうね。セカンドに比べて渋く、オータムに比べて風味がなく、人によっては青臭いとさえ蔑まれる若々しい茶葉の香りは、まさにこの物語にしっくりくる。

若いっていいなぁ。
このSSの主人公であるリョウくん、本当若くて一途で人一倍思いやりがあって、そして人一倍「医学」に関しては頑固なんですよね。自分はどうなってもいいし、どう思われてもいい。だけど、人の病を治すことに関しては、誰がなんと言おうと、それこそ宗教的禁忌を犯してでも、譲らない。たとえそれが誰かとぶつかり合う事になっても。

実際、医学の発達が薄い世界で、しかも宗教が信じられている世界で、異端の考えを持ち込むのは非常に困難なことです。こっちの世界の歴史的に見ても、地動説が受け入れられるようになった経緯や進化論が認められるようになる途中で、多くの人々が宗教信仰の前に苦渋をなめさせられています。そして科学が発達した今尚、それらの事象を信じない人もたくさんいます。そんなことわかった上で、それでも自分の医学への思いを貫くのだから、大したものだ。

もっとスマートで理性的で妥協的で協力的な選択ができるはずなんですよ。仕方がないと割りきって、届かないと諦めて、見なかったことにすることだってできる。それがたぶん賢い生き方で、楽な生き方なんですけど、リョウは決してそれをしない。馬鹿だとわかっていても、自分の思いを貫くことを選ぶ。人はそれを愚者と呼ぶかもしれないけれど、そこに何か若い頃に忘れてしまった大切なものがある気がして、無意識のうちに彼の行動に惹かれ、見守り、草陰の中からそっと応援してしまう。

主人公であるリョウも魅力的なんですが、それ以上に彼の周辺にいるキャラクターが魅力的なんですよね。友人であるヘイ、仄かな好意を寄せるカリア、その他よき理解者たるヘイル夫妻やクレイなど、揃いも揃ってこいつら見ててハラハラするリョウを支えているんですよね。まるで子の成長を見守る大人のように、時に叱り導き、時に叱咤し励まし、時に喜び笑い合う。そうやって彼らが傍にいるからこそ、リョウはこの世界に降り立って、自らの夢を折られても、まっすぐ前を向いて進めるんでしょう。

いやぁ、ひたすらに丁寧だわ、このSS。
若い人の理想と、諦めない思考と、応援したくなる周りの気持ちを、段階立ててゆっくりしっかり描いているせいか、臨場感あふれる、とまではいかないものの作中時間と各キャラクターの感情の進行が手に取るようにわかるんですよ。医学という一つのテーマに対して非常に真摯に向き合い、多少の小説舞台というギミックはあれど、ここまで丁寧に書かれるとじっと腰を添えて読まざるを得ません。むしろ読ませて下さいと土下座したいくらいです。

人によっては文章や展開がくどいとか、もっと展開を早くしろとか文句あるでしょうけど、個人的にはそんなものが欲しかったら別のSSを読めと言いたい。というかむしろそれはこのSSの楽しみ方として間違っていると言いたい。このSSみたいに、ただ忠実にキャラクターたちの世界を描いているフレンチな料理と、ド派手な戦闘と泣ける展開という調味料を目分量でどかどかつっこむ中華料理の味わい方を一緒にするのはさすがに違いますよ。私はフレンチも中華も大好きですけどね!! ……コホン、ともかく静かに丁寧に味わってこそ、このSSの面白さがわかるものなんです。エライ人には(ry

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